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愛した人(2) 

愛した人

彼と付き合い始めて、私は有頂天だった。


誰かに気に入ってもらうなんて事は経験がなかった。



私が彼と遊び呆けて家に帰ったある日
兄とおかんが喧嘩をしていた。



何が理由だったのかはわからない。






慌てて家にあがってみると
いきなり兄がおかんを突き飛ばした。





その瞬間に私はカッとなり
慌てておかんの前に立った。




「そんなに嫌ならテメーが出てけよ!!!」


事の次第も分からず
そう叫んでしまった私を
兄は殴った。





これだけを書いてしまうと
兄の苦悩はわからないが
兄は小さい頃からずっと
おかんにこう、言われていた。





「あんたは本当にお父さんにそっくり」






中学生の頃
思春期を迎え、難しくなった兄におかんは何度も言った。





「目つきがそっくりだ」





当たり前だ。

本人が望んでいなくても
親子なのだから。






一度
酷い喧嘩をした際に
おかんが兄に包丁を向けた事があった。






父親に似ているからといって
責められる兄は
どんな思いだったのだろう・・・・・。





自分でも止められない感情を
包んでくれる人間がいない。
嫌いな父親に似ている事を責められても
本人にはどうしようもない事である・・・・・。




そんな兄が
一度だけ自分の感情をむき出しにしたのが
この時だった。






兄に殴られ
私はもう、何もかもが嫌になった。




こんな家。



小さい頃から貧しい家。

子供の成長についてこれないおかん。

感情が止められない兄。









もう、うんざりだと思った。








初めて
家を飛び出した。



もう、帰りたくない。
一人で暮らしたい。





顔も見たくない・・・・・・・・。














とにかく遠くまで走った。
見つからない様に。
追いかけて来れない様に。







そして
泣きながら彼に電話をした。











彼はすぐに迎えに来てくれた。




もう、免許を持っていたので
車で迎えに来てくれた彼と
初めて、朝まで一緒にいた。





行く場所なんて無い。

それでも良かった。






その時
家に帰らないで良ければ
それで良かった。



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愛した人 

愛した人

おかんが亡くなった当時
私は恋をしていた。

高校の文化祭で知り合った彼。

彼が3年、私が1年だった。


4人グループでいつもつるんでいた彼は
私に取ってとても眩しい存在だった。


地味で目立たない。
お洒落や恋とは全く無縁の場所にいたから。


彼のクラスで催した「ディスコ」で
彼が私を見つけてくれた。


初めて、本当の恋に落ちた。


それまでの片思いとは違う、
初めて出来た彼氏。


私は彼に夢中だった。
とても優しくて、私の知らない事を沢山知っていて
いつも夢や目標のある人だった。









当時は携帯などなかったから
家の電話で毎晩彼と話をした。



おかんは私に彼が出来、学校帰りに遊んで帰る様に
なった私を、とても心配していた。
それは
彼の両親も同じだった。



何もかもが初めての、明らかに浮かれ、夢中になる私に
おかんはいつも注意をしていた。



この頃、私はお洒落を忘れ
すっかりおばさんになってしまったおかんを毛嫌いしていた。







よく、
覚えている。




学校から歩いて3分程のアパートに住んでいた私たち、家族。


毎日、おかんがお弁当を作ってくれていた。





もう、具合が悪くなっていたおかん。
朝、出掛けにお弁当を忘れた私を追いかけて来た。



部屋着のまま
お弁当を手に、追いかけて来たおかんを
私はみっともないと思った。
同級生に、見られたくない・・・・・。


言葉は忘れてしまったが
酷い言葉を放った。
そんな物、どうでもいい。
追いかけてくるな。
そんな様な言葉を、吐いてしまった。






申し訳なさそうな
とても悲しそうな




とても悲しそうな顔が
こうして書いていて思い浮かぶ。



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裏切り・・・・・・・ 

裏切り

自分の半生を振り返ってみて
改めて気づく。


「裏切り」という言葉がいかにしっくりくるかを。





兄がいなくなって
私は「血のつながり」を感じた。




血が繋がっているから、許せない。
血が繋がっていなかったらどんなに楽だろう・・・・・。




兄がいなくなってしまう前に
私たちは親戚と縁を切っていた。


おかんの骨を預かってくれていたおばさんがいた。
おかんが生前、入っていた宗教。
それはこの人が薦めた物だった。



だが
おかんの納骨を済ましてすぐ
分裂の危機が訪れてしまい
お参りが
出来ない事が重なった。




兄はとても激怒し
親戚と縁を切る事を決めた。


私も賛成だった。
宗教が嫌いだったから。


一番大事にするべきおかんが
宗教の関係で煩わされる事が嫌だった。




縁を切る





その意味なんて
私たちは全くわかっていなかった。



最近になって
結婚したのを機に親戚に連絡を独断で取った。

当時の私たちは
何故、自分達に権限があると思っていたのだろう??

その裏で
私たちの気持ちを理解しようと
苦しんだ人達が
沢山いたのに

何故
自分達で決める事こそが
正しいのだと思えたのだろう・・・・・・・・・。





赤の他人だったなら
どんなに楽だろう。



親戚との離縁も
兄の失踪も
私に痛いくらいに
「血のつながり」が意味を持たない事
そして
血が繋がっているから執着してしまう事を
教えてくれた。





絶対に赦さない。
いつか連絡をしてきたとしても

もう
絶対に許さない。











心が
固くなってしまった。


あの時の
硬くなった私の心が
今も憎しみを捨てられずに
硬いままなのを
 持て余してしまう・・・・・・・・・・・・。



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裏切り(6) 

裏切り

何度
追っただろう。


連絡をもらって
誰もいなくなった
兄のアパートを訪れてから


何度
兄を追っただろう・・・・・・・・・・。






最初のアパートは
部屋でドラム缶に火を焚いた後があったらしい。
苦情も
かなりあったと、後からしった。




申し訳なくて
保証人の人に
手紙を書いて
お金を送った。



おかんが残してくれた物ではなく
自分で稼いだお金で渡したくて
お給料から
滞納していた家賃と
そのほかに掛かってしまった
知りえる限りの分を送った。








兄は
その後、転々とし
ついに
居場所がわからなくなってしまった。









もう




探すのをやめた。









探すのに
疲れた。




こんなに必死になって探して
見つけてはいなくなる・・・・・・。






最後に兄がいなくなった時に
私は思った。










おかんだけじゃなくて
兄にも捨てられた。



もう
捨てられたんだ・・・・・・・・・・・。




私はもう
本当に一人になってしまった。














もう






誰も頼る人なんかいない。





兄にも捨てられてしまう私を
拾ってくれる人なんかいるわけない。



一人ぼっちになったんだ。
私にはもう
家族はいない。









そう決意した時期だった。







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裏切り(5) 

裏切り

兄に問いただした。


当時流行っていた「ダイヤルQ2」で知り合った女性だと聞いた。
家出をして
もう知り合ったその日に
兄の家に転がり込んでしまったらしい。


私に取っては周りの友達と同じ様に
金があるからこその余裕を
勘違いしている人間だった。







たった二人きりの兄弟になった私たち。
幾つの歯車を
元に戻せば
かみ合う日がくるのだろう。













そして何より
男ばかりが出入りしているその部屋に
女の身、一つで
赤の他人の部屋に転がり込める神経が理解出来なかった。





こんな事を書けるほど
キレイな身ではない。
数え切れない程の男と
遊んできた身だ。





だが
その時の私は
とても不快に感じてしまい

少しずつ
足が遠のいてしまった。








おかんが死んで
半年で
兄は遺産を使い切ってしまった・・・・・・。








保証人をしてくださった方からの連絡で知った。





兄は
アパートを
家賃を滞納したまま
居なくなってしまった。




妹の私にさえ
連絡をせずに
突然
行方をくらましてしまった。


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